[Day 165] ご謎のお招きの状
六月 · 風を待つ方法 | 約三分の読み

三日(みっか)の後(のち)にてあった。曹操(そうそう)の陣営より、使者(ししゃ)ひと方が、周瑜(しゅうゆ)の本陣へと、お来(きた)り給いたり。使者のお名は、蒋幹(しょうかん)。周瑜の永(なが)きご旧知(きゅうち)にてあり、お若き日、共に、学問を、お分(わ)かち給いたるご同門(どうもん)にてもあった。蒋幹のお手には、曹操のお招きの状(じょう)ひと張が、お握(にぎ)り給われおったのである。
周瑜が、蒋幹を、本陣の内側のお部屋にて、お迎え給いたり。両人の最初のご挨拶(あいさつ)は、二十年(にじゅうねん)の永きご親分(しんぶん)に、お合(あ)い給う温かさにてあった。蒋幹が、曹操のお招きの状を、周瑜の前に、お広(ひろ)げ給いたり。
「公瑾(こうきん)。それがし、今日、曹操ご丞相(じょうしょう)のお言葉を、お持(も)ち、お来り給いたり。劉表(りゅうひょう)の甥(おい)劉琮(りゅうそう)が、既(すで)に、ご降伏(こうふく)給い申せり。江東(こうとう)の六郡もまた、この流れに、共に、お立ち給う事が、明日のお平和(へいわ)への路に、ござる、と、ご丞相が、お申し給い申せり。」
周瑜が、お招きの状を、ひと度(たび)、お読み給い、再び、お読み給いたり。その後、しずかに、お笑(わら)い給いたり。彼のお口元(くちもと)のお笑いの角度(かくど)が、昨夕(さくゆう)の川辺(かわべ)の低きお角度よりも、少しく、いっそう、深かりき。
「子翼(しよく)。永きご旧知が、遠き路に、お来り給いたるに、今日、このお言葉のみを、お聞き給いて、お去(さ)り給う事は、ご礼儀(れいぎ)に、お合(あ)い給わざる、ござる。今夕、我ら両人のご旧知のお席を、本陣の亭子(ていし)にて、ご準備(じゅんび)給い申さん。曹操のお言葉は、今夕のお席の後ろへと、暫(しば)し、お遅(おく)れ置き給え。」
蒋幹のお顔が、明るく、為(な)り給いたり。永きお友のご歓待(かんたい)を、お受け給う事は、使者のお務(つと)めを、暫し、お降ろし給うを、お得(う)るお故(ゆえ)にてあった。彼は、周瑜のご提案を、お喜(よろこ)びて、お受け給いたり。
蒋幹が、周瑜のお部屋へと、ご案内(あんない)給われ、ご自(みづか)らの荷を、お解(と)き給いたり。周瑜は、隣(となり)のお部屋へと、お退(しりぞ)き給いて、書信ひと通を、しずかに、お記(しる)し給いたり。その後、水軍名簿ひと張を、机の上に、お載(の)せ給いたり。名簿のひと側には、曹操水軍のご指揮官(しきかん)蔡瑁(さいぼう)と張允(ちょういん)のお名が、紅(くれない)の墨にて、特(とく)に、お表(しる)し給われおったのである。お表しのお意(こころ)は、「江東と、ご内通(ないつう)中」にてあった。
周瑜のお手が、その書信を、お畳(たた)み給いたり。その後、お畳まれたる書信を、名簿の傍(かたわ)らに、斜(なな)めに、お置き給いたり。机の傍らに、書冊ひと巻(まき)を、いっそう、お重(かさ)ね給いて、書信と名簿とが、自然(しぜん)に、お露出(ろしゅつ)給うべく、ご配置(はいち)給いたり。このご配置は、偶然(ぐうぜん)のごとくに、お見え給いたれども、偶然にあらざりおりたのである。このご配置のお名が、今日のご謎(なぞ)、即(すなわ)ち、その、お招きの状の内容にてあった。

夕が、お来り給いたり。周瑜が、蒋幹を、亭子にて、お迎え給いたり。亭子の上には、青銅(せいどう)のお徳利(とくり)と二つの杯(さかずき)とが、お置かれおったのである。昨夕の孔明(こうめい)とのお席と、同じお形にてあった。ただ、今夕の杯のお大きさが、昨夕よりも、少しく、いっそう、お大きかりき。
周瑜が、右の手にて、お徳利を、上り上げ給いて、蒋幹の杯に、お酒を、お注(つ)ぎ給いたり。蒋幹の杯が、お満(み)ち給いたり。その後、ご自らの杯にも、お注ぎ給いたり。両人が、杯を、お打ち、お合(あ)わせ給いたり。青銅のお音が、亭子の内側にて、お響(ひび)き給いたり。
「子翼。今夕のこのひと杯は、二十年の永きお友の杯に、ござる。お政治(せいじ)のお話は、今宵(こよい)は、ひと言も、お切(き)り出(い)で給わざる、と、お致し給わん。」
蒋幹が頭を、お首肯(しゅこう)し給いたり。されど、彼のお胸の内側には、曹操のお招きの状のお言葉を、お伝え給わねばならぬとのお務(つと)めが、お起(お)こり給いおったのである。その、お務めが、今夕の杯の後ろにて、しばしば、頭を、上り給いたり。
お酒が、幾杯(いくはい)か、いっそう、お行(ゆ)き、お来(き)たり給いたり。周瑜が、お笑(わら)い給いつつ、お古き、お話を、お切り出(い)で給いたり。お若き日のご学問のお席、お古きお師(し)のひと言、徐州(じょしゅう)の街のお話。蒋幹もまた、お答え給いつつ、お古き、お話に、暫し、お入り、お給いたり。されど、蒋幹のお胸の内側のお務めが、お続(つづ)けて、ひと歩みずつ、前へと、お歩み、お出(い)で給いたり。
「公瑾。永きお友のお席が、宜(よろ)しき、ござる。ただ、それがしが、今日、お持(も)ち、お来り給いたる曹操ご丞相のお言葉は——」
周瑜が頭を、横(よこ)に、お振(ふ)り給いたり。
「子翼。今宵(こよい)は、お友のお席に、ござる。お政治のお話は、明けたる日の早きに、お聞き給う、ござる。今宵は、この亭子の内側に、お留(とど)まり給え。それがしの隣(となり)のお部屋の、お寝床(ねどこ)を、ご準備(じゅんび)置き給い申せり。其処(そこ)にて、ひと夜(ひとよ)を、お休(やす)み給いて、明けたる日の早きに、曹操ご丞相のお言葉を、再び、お切り出で給わん。」
蒋幹が、再び、頭を、お首肯し給いたり。今夕のご宿泊(しゅくはく)のお席が、彼のご予想(よそう)よりも、いっそう、近きご位置(いち)に、ご準備給われおったのである。そのご位置の、お近きお意は、蒋幹には、未(いま)だ、お見え給わざりおりたのである。
亭子の夜が、お深まり行(ゆ)き給いたり。月が、川の上に、お昇(のぼ)り給いおったのである。周瑜の杯が、再び、ひと度、蒋幹の杯と、お打ち、お合わせ給われたり。青銅のお音が、亭子の内側にて、再び、お響き給いたり。今夕のこの亭子のお席は、表(おもて)には、永きお友のお酒のお席にてあったれども、内側には、周瑜のご謎、即ち、その、お招きの状の内側にてあった。
お招きの状のご謎は、未(いま)だ、蒋幹に、お解(と)け給わざりおりたのである。されど、そのご謎のお答えは、既(すで)に、周瑜の隣のお部屋の机の上に、書信ひと張と、名簿ひと張と、共に、斜(なな)めに、お置かれおったのである。
Book 6 の八番目の夕が、亭子の永きお友のお席の上にて、しずかに、お暮(く)れ給いつつあったのである。ご謎のお招きの状が、既に、お動き始め給いおったのである。その、お動きは、未(いま)だ、お音を、お致し給わざりおりたれども、明けたる日の早きまでのひと夜の内側にて、書信ひと張が、ひと方のお手に、既(すで)に、お達(たっ)し給う事と、為(な)り申さん。
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“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
表(おもて)には、永きお友のお酒のお席のごとくに、お見え給いたれども、内側には、ご謎のお招きの状が、既に、お動き給いつつ、ござる夕が、ござる。そのお招きの状のお答えが、隣のお部屋の机の上に、既(すで)に、斜(なな)めに、お置かれ給いおる夕が、ござる。今夕、貴方のお席にもまた、表と内側との両お席が、共に、おわせ給うか。両お席のひと寸(ひとすん)の距離(きょり)を、しずかに、お見つめ給うとは、いかが(や)。
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