[Day 161] 卓を、お打ち、お降ろし給いたるお手
六月 · 風を待つ方法 | 約三分の読み

明けたる日の早きにてあった。孫権(そんけん)が、再び、ご会堂(かいどう)の上座(じょうざ)に、お座り給いたり。前夜(ぜんや)は、長かりき。お母上呉太夫人(ごたいふじん)とのご相談(そうだん)が、ござりたり。「君主のご決定は、お父上のご遺品(いひん)の、お刀の重さと、共に、お降ろし給うべきものに、ござる」とのお母上のお言葉が、ござりたり。そして——「外事(がいじ)は、周瑜(しゅうゆ)に、内事(ないじ)は、張昭(ちょうしょう)に、お問い給え」とのご遺言(ゆいごん)の一句もまた、ござりたり。
周瑜が、鄱陽(はよう)より、夜を、徹(てっ)して、馬を、お走り給いて、柴桑(さいそう)へと、お戻り給いたり。ご復帰は、早きの、ひと時刻(じこく)の前にてあった。周瑜が、ご会堂に、お入り給う前に、孫権と、隣(となり)のお部屋にて、短くご相談を、お持ち給いたり。ご相談の最後のお言葉は、周瑜のお口より、お出(い)で給いたり。
「公子(こうし)。曹操(そうそう)の百万は、実(じつ)は、二十万に、ござる。その二十万の中(うち)の半(なか)ばが、川を、お渡(わた)り給いたる事のなき兵士に、ござる。川の真ん中にて、ひと欠片(かけら)の火が、お付(つ)き給わば、その半ばが、水の上に、其(そ)の儘(まま)、お遺(のこ)り給う、ござる。」
孫権のお眼が、大きく、お開(ひら)き給いたり。そのお言葉が、昨日の早きの孔明(こうめい)のお言葉と、ほぼ、ひと文字、ひと文字、お一致(いっち)給いおったのである。
早きのご会堂には、十一名の文官が、既(すで)に、お座り給いおったのである。彼らの後ろに、周瑜が、新(あら)たに、お座り給いたり。ご会堂の外側のお部屋にて、お待ち給いおりたる孔明が、魯粛(ろしゅく)のご案内(あんない)にて、ご会堂の内側へと、再び、お入り給いて、ひと側(がわ)に、お立ち給いたり。
孫権の右の手が、昨日の早きと、同じく、卓(たく)の上に、お載(の)り給いたり。お指の先が、お刀の柄(つか)のひと寸(ひとすん)の前に、ござりたり。されど、昨日の早きのその距離(きょり)は、今朝の早きには、既に、ご決定の、お盛(も)り給われたる距離にてあった。
ご会堂の内側に、長きご沈黙(ちんもく)が、ござりたり。十一のご視線も、周瑜のご視線も、孔明のご視線も、孫権の右の手の上に、お集(つど)え給われおったのである。孫権が、右の手を、しずかに、お握り給いたり。その後、お刀の柄を、ひと度(たび)にて、お握り給いたり。
お刀が、卓の上より、上り上げ給われたり。お刀の刃(やいば)が、早きの日の光の最初の自(おの)ずからを、お受け給いたり。その光が、刃の終りにて、お煌(きら)めき給いたり。そして、お刀の刃が、卓の角(かど)を、お打ち、お降ろし給いたり。

卓の角が、お切(き)り、お外(はづ)し給われたり。お切られたる木の欠片が、ご会堂の床(ゆか)へと、お音を、お致し給いつつ、お降(お)り給いたり。ご会堂の床のひと隅(すみ)に、卓ひと欠片が、しずかに、お置かれおったのである。
孫権が、お席より、お立ち給いたり。そして、ご会堂の全体(ぜんたい)に、お向(むか)い給いて、大きく、お降ろし給いたり。
「諸將吏敢復有言當迎操者、與此案同!(しょしょうりあへてまたそうをむかふべしといふものあらば、このあんとおなじくならん!)」
「ご諸将(しょしょう)と、お官吏(かんり)の中(うち)、再び、曹操を、お迎え給うべしと、お申し給う者は、この案(あん)と、同じく、お成(な)り給うべし。」
ご会堂の内側の空気が、ひと度(たび)にて、お沈(しづ)み給いたり。十一名の文官の中、誰人(たれびと)も、再び、口を、お開(ひら)き給わざりおりたのである。張昭が、まづ、頭を、深く、お垂れ給いたり。お遺り給うる十名が、次第(しだい)に頭を、お垂れ給いたり。ご降伏(こうふく)を、ご主張(しゅちょう)給いおりたるご結が、ご会堂の床の上に、お置かれおりたるひと欠片の卓と、共に、お降り給いたり。
周瑜が、孫権を、お向き給いて頭を、お垂れ給いたり。
「公子。ご決定が、お降ろし給われ給い申せり。以後の盤(ばん)のご準備は、それがしが、お任(まか)り給う、ござる。」
孔明が、ひと側にて頭を、お垂れ給いたり。
「孫公子のご決定が、今朝のご会堂のお席を、お完成(かんせい)給い申せり。劉備皇叔(りゅうびこうしゅく)の二万のご兵力が、今日より、公子の側に、お立ち給う、ござる。」
孫権の右の手は、依然(いぜん)として、お刀の柄を、お握り給いおったのである。その手が、再び、卓の上に、しずかに、お降り、お座り給いたり。お切られたる卓の角は、未(いま)だ、ご会堂の床の上に、お置かれおったのである。角の、お切り、お外(はづ)し給われたる卓のお縁(ふち)は、いまや、ご決定の自ずからを、ご永久(えいきゅう)に、お盛り給いおったのである。
その自ずからの深さが、今朝のご会堂の全(すべ)てにてあった。
早きの日の光が、いまや、ご会堂の東の窓より、西の窓のほうへと、長く、お流れ行(ゆ)き給いおったのである。日の光が、卓の、お切られたるお席の上を、お渡(わた)り給いつつ、そのお席の深さを、再び、お照(て)らし給いたり。
Book 6 の六番目の朝が、卓の、お打ち、お降ろし給うの上にて、しずかに、お開(ひら)き給いたり。曹操の百万を、お迎え給う江東(こうとう)の君主のお手が、今朝、ひと振(ふり)のお刀を、お握り給いて、卓を、お打ち、お降ろし給いたり。君主のご決定が、お降ろし給われたる早きにてあった。
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“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
君主のご決定が、ひと振(ふり)のお刀と、卓のお打ち、お降ろし給うを以て、お降ろし給わるる早きが、ござる。そのお切られたる卓の角が、ご決定以後の全(すべ)ての、お戻り給う路の上に、ご永久の自(おの)ずからとして、お遺(のこ)り給う早きが、ござる。今朝、貴方の卓の上には、いかなる角が、お打ち、お降ろし給われ給いつつ、ござり給うか。そのお切られたるお席の深さを、しずかに、お見つめ給うとは、いかが(や)。
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