[Day 164] お負(ま)け給わざるお方
六月 · 風を待つ方法 | 約三分の読み

同じ日の夕、周瑜(しゅうゆ)が、独りにて、川辺(かわべ)に、お立ち給いおったのである。川のお水音(みずおと)は、朝と、同じきにてあった。ただ、水のお色合(いろあ)いが、朝の銀(ぎん)色より、夕の金(きん)色へと、お変じ給いおったのである。
周瑜の左の手には、ひと振(ふり)のお剣(けん)が、お握り給われおったのである。お剣のご鞘(さや)の龍(りゅう)のご紋様(もんよう)が、夕の光を、お受け給いて、いっそう、深きお色合いに、お降(お)り、お座り給いおったのである。彼の右の手のお指先(ゆびさき)が、お剣の柄(つか)の上に、昨日よりも、長く、お載(の)り給いおったのである。
周瑜のお胸の内側に、二様(ふたよう)のお考えが、互(たが)い違いに、お上(のぼ)り給いおったのである。
第一は、ご認(みと)めにてあった。今朝、孔明(こうめい)の扇(おうぎ)が、ひと張のご署名の上にて、北を、お指(さ)し給いたり。「お借り給うの値は、お差し上(あ)げ給う方が、お致し給う」とのひと自(おの)ずからの内側に、三日の後(のち)の早きのひと呼吸が、既(すで)に、お描(えが)き給われおったのである。そのご署名の深さは、江東(こうとう)の六郡のいずれの将もまた、お降ろし給うを、お得ざる深さにてあった。その才(ざい)を、江東の側に、お置き給う事は、これよりの赤壁(せきへき)のお戦の内側にて、二倍(にばい)の重さのつばさにてあった。
第二は、ご警戒(けいかい)にてあった。今日の才が、明日の才に、あらざる事もまた、ござり得(う)たり。劉備皇叔(りゅうびこうしゅく)の側に、お立ち給いおる孔明が、赤壁の火の、お焼(や)け給いたる後の世にて、江東のお行(ゆ)く先(さき)を、お塞(ふさ)ぎ給う方と、お成(な)り給う可能性(かのうせい)が、ござりたり。その可能性の重さが、二倍のつばさの重さよりも、軽からざりおったのである。
魯粛(ろしゅく)が、川辺の路を、お従(したが)い、お近付(ちかづ)き給いたり。彼のお足音が、周瑜に、まづ、お達(たっ)し給いたり。魯粛が、周瑜の傍(かたわ)らに、ひと歩み、離れて、お立ち給いたり。
「都督(ととく)。今夕のお席が、川辺に、ござり給うな。川のお水音が、都督の二様のお考えを、お洗(あら)い、お差し上(あ)げ給いつつ、ござり給うか。」
周瑜が、軽く、お笑(わら)い給いたり。お笑いの角度(かくど)は、低かりき。
「魯公(ろこう)。二様のお考えが、お洗い給われ給うにあらず、二様のお考えが、互いを、お洗い、お差し上げ給いつつ、ござる。今朝の孔明のご署名の深さへのご認(みと)めと、孔明の後(のち)の日のお席へのご警戒。両お考えが、今夕、ひと川の両側のお岸(きし)のごとくに、並(なら)びて、お流れ給いつつ、ござる。」

魯粛が、暫(しば)し、お言葉なく、ござりたり。彼のお顔に、深きご憂(うれ)いが、お座り給いたり。その後、しずかに、ひと言を、お切り出(い)で給いたり。
「都督。それがしのお言葉を、お赦(ゆる)し給え。孔明は——今日のご同盟(どうめい)に、ござる。後の日は、後の日のお事に、ござる。赤壁の火の、お焼け給う前の今日のご同盟のお席を、今日のご疑念(ぎねん)にて、お濁(にご)り給うこと、無きように。」
周瑜の右の手のお指先が、お剣の柄の上にて、しずかに、お動き給いたり。されど、柄を、お握り給わざりおりたのである。お指先の動きが、柄のご角度を、軽く、ご調整(ちょうせい)給いたり。それのみにてあった。
「魯公。今夕のご疑念は、明日の早きまで、川のお水音に、お任(まか)せ置き給わん。そして、赤壁のお戦が、お終(お)え給う日まで、ご疑念が、ご行動(こうどう)へと、お動き給わざる事と、為(な)り申さん。江東都督のお手は、今夕以後、赤壁まで、唯(ただ)、ひと方向のみを、お指し給う、ござる。その方向は、曹操(そうそう)の北に、ござる。」
魯粛が頭を、深く、お垂れ給いたり。都督のひと言が、魯粛のご憂いのひと自ずからを、お降ろし、お差し上(あ)げ給いたり。
川のお水音が、両人の足の下にて、お続(つづ)き、お流れ給いたり。夕の金色が、いまや、紅(くれない)の光へと、お渡(わた)り給いつつあったのである。日が、西の地平線(ちへいせん)に、お達(たっ)し給う時刻にてあった。周瑜が、ひと歩み、前へと、お踏み出(い)で給いつつ、お剣の柄を、いっそう、堅く、お握り給いたり。されど、お剣は、未(いま)だ、ご鞘の内側にて、ござりたり。
「魯公。お負(ま)け給わざる事が、今日、江東都督のご姿勢(しせい)に、ござる。孔明に、お負け給わずして、曹操に、お負け給わずして、今日のお席より、明日までの盤(ばん)の上にて、ひと度(たび)も、お負け給わざる事が、今日、都督のお名のお意(こころ)に、ござる。」
魯粛が、周瑜の傍らに、共に、お立ち給いたり。両人が、川の夕の紅の光を、共に、お見給いたり。川の彼方(かなた)にて、曹操の水軍の遠き塵(ちり)が、紅の光の内側にて、ひと点、お動き給いおったのである。周瑜の両眼が、その、ひと点の上に、しずかに、お留(とど)まり給いたり。
今夕、都督のご結意は、「お負け給わざるお方のご結意」にてあった。今朝の孔明のご署名と、今夕の周瑜のご結意とが、川の夕の紅の光の内側にて、しずかに、並(なら)びて、お置かれ給いたり。
Book 6 の七番目の夕が、川の夕の紅の光の上にて、しずかに、お暮(く)れ給いつつあったのである。都督のお指先が、お剣の柄の上にて、今夕にもまた、しずかに、お降り、お座り給いたり。その、お指先の、お降り、お座り給うの内側に、赤壁までの堅きご結意が、お置かれおったのである。
—

“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
今朝のご認(みと)めと、今夕のご警戒とが、同じ川の紅の光の内側にて、両側のお岸のごとくに、並(なら)びて、お流れ給う夕が、ござる。「お負(ま)け給わざるお方のご結意」は、お相手を、お放(はな)し給いて、お勝(か)ち給うご結意にあらず、お相手を、傍(かたわ)らに、お置き給いて、今日のひと盤を、共に、お勝ち給うご結意に、ござる。今夕、貴方の川辺のお席には、いかなる二様のお考えが、両側のお岸のごとくに、並びて、お流れ給いつつ、ござり給うか。両お岸の間(あいだ)に、いま、ひと度(たび)、しずかに、お立ち給うとは、いかが(や)。
![[三國志365 · Day 163] お借り給いたるお矢の値 — 孔明、三日で十万本の矢を約す](https://www.thekorean.today/wp-content/uploads/2026/11/kt20261106081007-r9z5aa-768x1152.png)
![[三國志365 · Day 162] 両ご謀略家の最初の夜 — 周瑜と孔明が柴桑の亭で初めて対面し酒を酌み交わす](https://www.thekorean.today/wp-content/uploads/2026/11/kt20261105081008-xgtvlu-768x1152.png)
![[三國志365 · Day 161] 卓を、お打ち、お降ろし給いたるお手 — 孫権、剣で卓を打ち抗戦を決断](https://www.thekorean.today/wp-content/uploads/2026/11/kt20261104081007-ffdv6z-768x1152.png)
![[三國志365 · Day 160] 書生のお刀 — 孫権と孔明が初対面、決断は翌朝へ](https://www.thekorean.today/wp-content/uploads/2026/11/kt20261103081008-wnmbez-768x1152.png)


답글 남기기
댓글을 달기 위해서는 로그인해야합니다.