[Day 159] 十一方を、お座らせ給いたるお言葉
六月 · 風を待つ方法 | 約三分の読み

十一名の文官の中(うち)、最も前のお席の張昭(ちょうしょう)が、まづ、孔明(こうめい)に、お向(むか)い給いて、口を、お開き給いたり。
「臥龍先生のお名は、早(はや)くより、ご風聞(ふうぶん)にて、お聞き申し給いおり申せり。先生が、今度(こたび)の歩みを、江東(こうとう)へと、お持(も)ち来(きた)り給いたるお意(こころ)は、何(なに)に、ござり給うや。劉備(りゅうび)が、荊州(けいしゅう)を、お失(うしな)い給い、曹操(そうそう)のご追撃(ついげき)に、二万四千の百姓と、共に、お追われ給いつつ、ござる今日のご形勢(けいせい)の中(うち)にて、臥龍が、いかなるお力にて、この盤(ばん)を、お裏返(うらがえ)し給うべきや。」
孔明の扇(おうぎ)が、しずかに、お動き給いたり。
「張昭先生のお問いは、今朝のご会堂の最初のひと言として、お適切(てきせつ)に、ござる。ただ、劉備の今日のご形勢が、『お追われ給う形勢』なりとのご前提(ぜんてい)が、お問いのひと足を、少しく、短く、お致し給いつつ、ござる。劉備は、百姓を、お捨(す)て給わざる故(ゆえ)、速さが、お遅(おそ)き、ござれども、お追われ給い給うに、あらざる、ござる。その遅さが、却(かえ)って、新野(しんや)にての二度(ふたたび)の火と、博望(はくぼう)にての火を、お産(う)み給いたる土台(どだい)に、ござる。」
張昭の頭が、軽く、お降(お)り給いたり。お答えを、再び、お開き給わざりおりたのである。
虞翻(ぐほん)が、二番目に、口を、お開き給いたり。
「曹操の百万の軍と、劉備の一万の軍。この比例(ひれい)の真ん中にて、臥龍のいかなる、お謀(はかりごと)が、盤を、お裏返し給うを、お得(う)給うや。」
孔明の扇が、二度目(にどめ)に、お動き給いたり。
「虞翻先生。曹操の百万は、お名は、百万に、ござれども、実(じつ)は、二十万に、ござる。その二十万の中(うち)の半(なか)ばが、北の川を、お渡(わた)り給いたる事のなき兵士に、ござる。その半ばが、川の上にて、船の、お揺(ゆ)らぎに、お慣(な)れ給い得(う)ざる、ござる。川の真ん中にて、ひと欠片(かけら)の火が、お付(つ)き給わば、その二十万の半ばが、川の上に、其(そ)の儘(まま)、お遺(のこ)り給う、ござる。」
ご会堂の空気が、しずかに、為(な)り給いたり。赤壁(せきへき)の二つの文字が、未(いま)だ、お呼ばれ給わざりおりたれども、孔明のお答えの内側に、その輪郭(りんかく)が、既に、お見え始め給いたり。
歩騭(ほしつ)が、三番目に、口を、お開き給いたり。
「曹操に、ご降伏(こうふく)給う事が、上策(じょうさく)に、ござる。江東の六郡が、お平和(へいわ)の真ん中に、ござる。ご降伏を以て、その平和を、お続(つづ)け給う路が、火の戦争よりも、宜(よろ)しき路に、あらざりや。」
孔明が、三度目(みたびめ)に、お答え給いたり。
「歩騭先生。先生のご判断(はんだん)は、江東六郡の文官たちのご判断に、ござり、孫公子(そんこうし)の君主のご判断にあらざる、ござる。君主のお臣(しん)たる者は、君主のお名を、お守り給う事が、最初の路に、ござる。曹操に、ご降伏給わば、江東孫氏のお名は、今朝以後、再び、お呼ばれ給わざるに、お成(な)り給う、ござる。」
歩騭が、唇(くちびる)を、お結び給いたり。その後、お答えを、お開き給わざりおりたのである。

陸績(りくせき)が、四番目に、お立ち給いたり。
「臥龍先生は、書斎(しょさい)の方に、あらざる、ござる。管仲(かんちゅう)と楽毅(がくき)を、自(みづか)ら、お任じ給うとのご風聞を、お聞き申し給いたり。管仲は、斉(せい)の宰相(さいしょう)にてあり、楽毅は、燕(えん)の将(しょう)にてありおったのである。先生が、その両方(りょうかた)と、いかなるお席にて、同じく、お成り給うを、お得(う)給うや。」
孔明の扇が、四度目(よたびめ)に、お動き給いたり。
「陸績先生。管仲は、斉を、五覇(ごは)と、お成し給い、楽毅は、燕の弱き軍を以て、斉の七十城を、お奪(うば)い給いおったのである。今朝の臥龍が、その両方と、同じお席に、お座り給うか、お座り給わざるかは、今朝にあらず、明日の、ひと欠片の火の後(あと)の春に、ご判断給うべきお事に、ござる。」
陸績が、眉(まゆ)を、軽く、お動き給いたり。その後、お席に、再び、お座り給いたり。
お遺り給うる七名の文官が、次第(しだい)に、お問いを、お切(き)り出(い)で給いたり。各々(おのおの)のお問いは、各々、異(こと)なる方向にてあった。劉表(りゅうひょう)の甥(おい)劉琮(りゅうそう)のご降伏に関する自(おの)ずから、江東のご内政(ないせい)に関する自ずから、臥龍のご出身(しゅっしん)に関する自ずから、荊州のご情勢(じょうせい)に関する自ずから。七つのお問いが、七方向に、お開き給いたり。
孔明の扇が、七度(たび)、お動き給いたり。各々のお答えが、各々のお問いの方向へと、短く、お廻(まわ)し給われたり。その後、孔明が、最後のひと自(おの)ずからを、お開き給いたり。
「十一方のお問いが、十一方向に、お分(わ)かれ給いおり申せり。されど、その十一方向が、ひと筋へと、お繋(つな)がり給う、ござる。今朝のご決定が、この筋の上にて、お降ろし給わるべき、ござる。筋のお名は、漢(かん)に、ござる。漢のお臣が、漢を、お守り給うか、漢のお臣が、漢を、お捨(す)て給うか。今朝、十一方の真ん中にて、その筋が、お流れ給いおる、ござる。」
ご会堂の内側の空気が、しずかに、お成り給いたり。十一のご視線が、孔明の最後の自ずからの終りにて、暫(しば)し、お留(とど)まり給いたり。その後、十一のお頭が、各々のお席にて、お座り給うがごとく、お降り、お座り給いたり。お降り給いたるお頭が、ご認(みと)めの角度(かくど)にてあったか、ご沈黙(ちんもく)の角度にてあったかは、各々のお顔毎(ごと)に、異なりおったのである。されど、孔明の最後の自ずからの後(あと)、十一名の中(うち)、誰人(たれびと)も、再び、口を、お開き給わざりおりたのである。
朝の日の光が、ご会堂の東の窓より、いまや、ひと格、西へと、お移り給いおりたのである。孔明の扇が、再び、彼のお膝(ひざ)の上に、しずかに、お降ろし、お置き給われたり。
Book 6 の五番目の朝のご会堂が、臥龍(がりょう)の自ずからの上にて、しずかに、お整(ととの)え給われたり。孫権(そんけん)ご自(みづか)らは、未(いま)だ、ご会堂の内側に、お入り給わざりおりたのである。されど、ご会堂の外側のお部屋にて、今朝のひと結の長き残音(ざんおん)が、既(すで)に、お聞き給いおりたるべし。
—

“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
十一の異(こと)なる方向より、お来り給う十一のお問いが、ひと筋の自ずからへと、お整え給われ給う朝が、生(しょう)に、ひと度、ござる。その自ずからの堅さは、十一度のお答えの後(あと)に、お来(きた)り給うひと結のご整理に、ござる。今朝、貴方のご会堂の真ん中に、十一の異なる方向のお問いたちが、もしや、お達(たっ)し給いおり給うか。その十一方向を、ひと筋へと、お整え給う自ずからを、しずかに、お探し給うとは、いかが(や)。
![[三國志365 · Day 163] お借り給いたるお矢の値 — 孔明、三日で十万本の矢を約す](https://www.thekorean.today/wp-content/uploads/2026/11/kt20261106081007-r9z5aa-768x1152.png)
![[三國志365 · Day 162] 両ご謀略家の最初の夜 — 周瑜と孔明が柴桑の亭で初めて対面し酒を酌み交わす](https://www.thekorean.today/wp-content/uploads/2026/11/kt20261105081008-xgtvlu-768x1152.png)
![[三國志365 · Day 161] 卓を、お打ち、お降ろし給いたるお手 — 孫権、剣で卓を打ち抗戦を決断](https://www.thekorean.today/wp-content/uploads/2026/11/kt20261104081007-ffdv6z-768x1152.png)
![[三國志365 · Day 160] 書生のお刀 — 孫権と孔明が初対面、決断は翌朝へ](https://www.thekorean.today/wp-content/uploads/2026/11/kt20261103081008-wnmbez-768x1152.png)


답글 남기기
댓글을 달기 위해서는 로그인해야합니다.